2002年 3月21日(木)
当初の予定では、この日は現地の友達とLA観光をし、
ランディも見たであろうサンタモニカの海を眺めながら
しみじみと当時を振り返ろうと思っていたのですが、
お墓でお母様からMusoniaの名刺を頂き、
「ぜひ学校にも遊びにいらっしゃい」と招待されたので、
こんな機会はもう二度とないかもしれないと思い、
急遽予定を変更して、またまたLA空港経由でSuperShuttleを乗り継ぎ、
ノース・ハリウッドにあるMusonia School of Musicまで行って来ました。
Musoniaは、ご存知のとおり、お母様が設立・運営されている音楽学校ですが、
ランディが音楽を学び、その後自らもギターを教えていた場所でもあり、
現在も様々な楽器のレッスンが行われています。
ちなみに、"Musonia"はお母様の造語で、
musicとsonic(音)をつなげて作ったそうです。
Musoniaは、学校と言っても、大きな校舎があるわけではなく、
静かな住宅街の何の変哲もない古い一軒家といった感じでしたが、
お兄様の言葉を借りれば、ここはメタルの"sanctuary(聖地)"だったようです。
「ジョー・ホームズはここに最も長く通ってた生徒の1人で、
両親が心配するくらい毎日入り浸ってたよ。
ランディがオジーとツアーに出ている間はジョージ・リンチが代わりに教えていたんだ。
他には、ルディ・サーゾがベースを教えていたし、
Megadethにいたニック・メンザもここでドラムを教えていたことがある。
僕は一時期ニックとバンドを組んでいたんでね」と、
またもやビッグ・ネームのオンパレードでしたが、
ランディの周りには有能なミュージシャンがいっぱいいたのですね。
現在は、お母様とお兄様の2人だけで教えており、
お兄様が受付・事務・経理などの雑務も担当されているそうです。
実際、私たちの応対の合間に学校の周りの草取りまでなさっていました。
そのお兄様が自ら校内を案内して下さいましたが、
ランディがレッスンを行っていた部屋が当時のまま残されており、
「この椅子に生徒が、向こうの椅子にランディが座っていたんだよ」
と説明して下さった時は涙が止まりませんでした。
部屋の大きさは四畳弱くらいの小さな部屋で、
椅子の他に置いてあるのはサックス型の大きなランプと、
ランディも使っていたという小さな木製のチェストだけ。
ランディはここにスコアやピック等の小物を入れていたそうです。
ランディはオジーのバンドに加入するまで、
昼間はMusoniaで週に約50人もの生徒にギターを教え、
夜はStarwood等でQRのギグを行うという、
非常に忙しい、でも充実した毎日を送っていたそうです。
ラッキーなことに、私たちはレッスンが一段落したお母様とも話をすることができ、
「思い出せる限りのことは何でもお話しするわよ」とおっしゃって下さったのですが、
2人とも胸が一杯で何も質問が頭に浮かんできませんでした。
お母様がレッスンに使っていらっしゃるお部屋は、
ちょっとしたリサイタルも開ける広いレッスン場で、
ランディが練習に使っていた小さなアンプや、
世界中のファンから寄せられたプレゼントや写真、手紙、雑誌等が
所狭しと飾られており、さしずめ「ランディ博物館」でした。
ふと見ると、QR時代にランディがファンと撮った写真が飾ってありました。
撮影場所はユニバーサルスタジオ近くで、
撮影後に、前述の写真集に載っていたデモを行ったのだそうです。
その日はとても寒かったので、あの写真のとおり、
ランディはブランケットにくるまっていたそうです。
あと、お母様が今一番気に入っていらっしゃるプレゼントは、
ファンが5年もかけて作った1万点のランディの写真を収めた大きな額でした。
(注:フジテレビの特番でもお母様の後ろに映っていました)
ランディのギターは別の場所に大切に保管されているそうで、
残念ながらMusoniaにはありませんでした。
お母様曰く「盗まれたくないから」とのこと。
そうですね。今となってはそれが彼の分身ですものね。
そうこうしているうちにお母様は次のレッスンに。(タフだわ〜)
お兄様は「好きなだけ居ていいよ」と言って下さったので、
ランディのspiritを感じながら2人とも感慨にふけっていました。
そして、夕方6時、予約していたSuperShuttleが迎えに来たので、
「思い切って来た甲斐がありました。
お忙しいところ、本当にいろいろとありがとうございました」と
お兄様に心からお礼を述べると、
「そう言ってもらえると僕も嬉しいよ。
とても熱心な2人に感動したから、記念にちょっとしたプレゼントをあげよう」と
言って自分の名刺を机から取り出し、その日の日付とサインを書いて1枚ずつ
下さいました。感動したのは私たちのほうなのに!
後ろ髪を引かれる思いでMusoniaを後にし、サンタモニカのホテルに戻りました。