1956/12/6カリフォルニア州 サンタモニカのSt.John's Hospitalで生まれる。本名:Randall William Rhoads
兄ケリー、姉キャシーの三人兄弟。
1962 or 19636歳から7歳の時、母ドロレス(Delores)の経営するMUSONIA MUSIC SCHOOLでギターレッスンを始める。
196812歳の時にロック・ギターに興味を持ち、ハーモニーロケットを手にする。SCHOOLの教師、Scott Shellyからギター・レッスンを受ける。
197014歳の頃、兄(dr)と一緒にViolet Foxでリズム・ギターを担当。4〜5ヶ月間活動。
1976QUIET RIOTを結成。メンバーはランディ・ローズ(g),ケリー・ガルニ(b),ケヴィン・ダブロウ(vo),ドリュー・フォーサイス(dr)
昼は母のスクールで音楽講師、夜はQUIET RIOTのメンバーとして活動。
1977/6〜 8ウォーリー・ヘイダー・スタジオにて1st アルバムのレコーディング。
1978/3
QUIET RIOT 「静かなる暴動」をCBS/ソニーからリリース。

1978/6〜 9レコード・プラント・スタジオにて2nd アルバムのレコーディング。
カール・サンドバルにカスタム・ギター製作を依頼。(水玉V)
1978/9ベーシスト ケリー・ガルニが脱退。ルディ・サーゾが加入。
1978/12
QUIET RIOT II 「暴動に明日はない」をCBS/ソニーからリリース。

1979 laterDANA STRUMの薦めでギタリストを探していたOZZY OSBOURNEのオーディションを受ける。カリフォルニア
1979/11"BLIZZARD OF OZZ"結成。メンバーはオジー・オズボーン(vo),ランディ・ローズ(g),ボブ・ディズリー(b),リー・カースレイク(dr)
1980/3/22〜4/19リッジ・ファーム・スタジオで1st アルバムのレコーディング。
1980/5/5〜5/201st アルバム"BLIZZARD OF OZZ" ミキシング。
1980/5/30カリフォルニアに戻ったランディはスターウッド・クラブでのQUIET RIOTの1回限りの再結成ライブに参加。
1980/8アルバムに先行してシングル"CRAZY TRAIN"をリリース。
1980/9/12
1st アルバム"BLIZZARD OF OZZ"をリリース。

スコットランド,グラスゴーのアポロ・シアターを皮切りに"THE WILDMAN RETURNS"と冠して全英ツアーをスタート。
カーディフ,ソフィアガーデンズまでの16公演
1980/11/8全英ツアー2ndをノッテンガムよりスタート。(バッジィをサポート)
全英ツアー1st時のライブ音源 "Mr.Clowley Live"をリリース。
1980/12クリスマスにカリフォルニアに戻ったランディは、グローバー・ジャクソンにカスタムギターの製作を依頼。(ジャクソンV白)
約2ヶ月後Randyの手元に届く。
1981/2〜3リッジ・ファーム・スタジオで2nd アルバムのレコーディング。
1981/4?ボブ・ディズリー(b),リー・カースレイク(dr)が脱退。ルディ・サーゾ(b),トミー・アルドリッジ(dr)が加入。
1981/4/22メリーランド,Towson Centerから 全米ツアー "BLIZZARD OF OZZ"ツアースタート。
約3週間後"TRIBUTE"が収録される?
1981/4/28ニューヨーク,Rochesterにて"AFTER HOURS"収録。
1981/5/2ニューヨーク,Palladium Theater にて同日2回公演。
1981/8/1Heavy Metal Holocaust フェスティバルに出演。ストーク・オントレントポートヴェイル
1981/9?全米ツアー終了後、再びグローバー・ジャクソンにカスタムギターの製作を依頼。(ジャクソンV黒)
1981/10/30
2nd アルバム"DIARY OF A MADMAN"をリリース。

1981/11全英ツアー スタート。
オジーの体調不良を理由にツアー途中でキャンセル。
1981/12/30サンフランシスコ,Cow Palaceから 全米ツアー "DIARY OF A MADMAN"ツアースタート。
1982/1/24シカゴ Rosemont Horizon
1982/2/23エルパソ,County Coliseum 伊藤政則氏がカメラマンWilliam Hamesを同行し取材。
1982/3/19ツアーバスの運転手が操縦する小型飛行機に同乗し悲運の飛行機事故により・・短い生涯を終える。享年25歳






Copyright© Randy Rhoads Club 1999-2019